組織の中には、いろんな考え方の人間がいて、いろんな価値観・いろんな物差し、いろんなレベル(段階)にいる人がいる。

その人たちが、それぞれの考えを押し付けるのではなく、互いに尊重し合い、敬い、互いに高め合う形ができていれば理想的。

しかし、逆に、「自分の主張を押し付ける」「自分の物差しに他人を合わせるよう強要する」となったら良くない。

それが結果として相手を高めるのであれば、良い場合もある。

しかし、大抵はうまくいかない。


「人にはそれぞれ感情がある。こちらがどれだけ正論を主張しても、人はほぼ動かない。

 人は、理屈よりも、熱意とか信頼とかで動いてくれることのほうが圧倒的に多い。」

ということを、今更ながら、僕は最近改めていろいろな場面で痛感している。。


あと、いわゆる「足の引っ張り合い」というのも、うまくいかない典型的な例の1つ。

自分を高める努力を怠り、でも相手に抜かれたくはない。だから相手が成長するのを邪魔する。

落ちていくなら、自分だけにしてくれ、…と言いたくなるのは僕だけじゃないだろう。


さらに、前々回の<1>で書いた「野党の批判」も同じである。

傍から聞いていても、「前向きな討議」はとても気持ちが良い。

同じ「前向きな意見」であっても、立場・見方によって、主張する「正論」は変わる。

どちらも言っていることは正しい。

しかし人(国民)にはそれぞれいろんな立場があるから、「唯一これがゼッタイ」というものが存在しにくい。

だから議論が必要になる。偏った視点で物事を決めてしまうことのないように。

…こういう議論は聞いていても前向きな気持ちになれる。


しかし、「単なる批判」は、聞いていて嫌な気持ちになる。

「批判」自体が「目的化」しているような議論。

聞いていてうんざりする。


もちろん野党の場合は、政権をとる(⇒自分たちが信じる最善の政治をする)という目的に向かって

批判をするという側面もあるのだろうが…。

しかし、たとえ時間がかかっても、「他社批判」で自己評価を上げるのではなく、

自己の実績を積み上げていくことで信頼・評価を勝ち得ていく、というのが本来あるべき姿であろう(理想論?)。


組織の中でも同じ。

「前向きな議論」こそ、組織を発展させる。

「単なる批判」は、良いものは何も生まない。むしろ不快感を生むだけ。

信頼を失い、モチベーションを下げ、組織を疲弊させる。

そして、何も動かない人に限って「批判好き」が多い。

以前どこかで「日本人1億3千万人、総 評論家」みたいなことを言う人がいた。

それだけ日本人は「評論家」が多い人種なのかも知れない。

…ちょっと話が脱線したが。。僕自身も、「前向きな議論+行動・実践・現場」を心掛けていきたい。


★「人はなぜ足を引っ張り合うのか―自分の幸福しか考えない人間がいる」斎藤 勇 (著)
 http://www.amazon.co.jp/%E4%BA%BA%E3%81%AF%E3%81%AA%E3%81%9C%E8%B6%B3%E3%82%92%E5%BC%95%E3%81%A3%E5%BC%B5%E3%82%8A%E5%90%88%E3%81%86%E3%81%AE%E3%81%8B%E2%80%95%E8%87%AA%E5%88%86%E3%81%AE%E5%B9%B8%E7%A6%8F%E3%81%97%E3%81%8B%E8%80%83%E3%81%88%E3%81%AA%E3%81%84%E4%BA%BA%E9%96%93%E3%81%8C%E3%81%84%E3%82%8B-%E6%96%8E%E8%97%A4-%E5%8B%87/dp/483349034X

 ⇒内容(「MARC」データベースより)
 人間は会社のため、組織のためというような大義名分を主張しつつ、実は人の足を引っ張りあう。この裏の心を実証的に研究し、特にビジネスの場で円滑な人間関係を保つ知恵を説く。

★新潮選書「強い者は生き残れない 環境から考える新しい進化論」 吉村 仁 (著)
 http://www.amazon.co.jp/%E6%96%B0%E6%BD%AE%E9%81%B8%E6%9B%B8%E5%BC%B7%E3%81%84%E8%80%85%E3%81%AF%E7%94%9F%E3%81%8D%E6%AE%8B%E3%82%8C%E3%81%AA%E3%81%84%E7%92%B0%E5%A2%83%E3%81%8B%E3%82%89%E8%80%83%E3%81%88%E3%82%8B%E6%96%B0%E3%81%97%E3%81%84%E9%80%B2%E5%8C%96%E8%AB%96-%E5%90%89%E6%9D%91-%E4%BB%81/dp/4106036525/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1286266252&sr=1-1

 ⇒内容(「BOOK」データベースより)
 約40億年という生物史を振り返ると、生き残っているのは「強い者」ではなかった。ダーウィンの進化論にはなかった、「環境は変動し続けるもの」という斬新な切り口から、「協力行動」という生命の生き残り戦略に注目する。終章では自由市場主義の瑕疵まで論及。ダーウィン進化論にはじまり、総合学説に発展した現代進化論に、いま「環境変動説」が加わる。

「強い者が生き残るのではなく、環境変化に対応できたものだけが生き残る。その最も有効な方法の一つが他者と共存することである。 」

現代の進化論=総合学説の「適応度の高い者、すなわち強い者が生き残る」に対して、

さまざまな生物の長い歴史から、現在生きている生物は決して「強い者」ではないこと、

環境変化に適応して「他者と共生・共存する」者が生き残ったと述べている。