勝利へのこだわり<2>

前回書いたように、僕自身「勝利へのこだわり」が小さいとすれば、じゃぁ、何を重視しているのかというと、

最初の指導方針でも書いたように、「将来につながるような(個の)技術」です。

「将来を見据えた指導」。基本的には、これを変えるつもりはありません。

たとえ目先の結果が出なくても。。ブレてはいけない、と思っています。

もちろん細かい方法論は柔軟に変えていく、ということは言うまでもありません。


●「個(技術)」重視か、「戦術」重視か

指導者によって、この2つの割合は異なると思います。

そしてそれが、指導者個々の個性、カラーにもなる、と。

僕は前者(寄り)です。得意分野でもあるし、特に小学生という年代を考えたときは前者であるべきだと思うんです。

「確かな技術」をこの年代のうちに身につけさせてあげることで、

その先、子供たちがそれぞれ、いろんなバレーの楽しみ方をできる(選べる)ようにしてやれると思うんです。

「確かな技術」さえあれば、「楽しみ重視」のバレーもできるし、「勝利志向」のバレーもできる。

6人制に限らず、ビーチバレーでもママさんバレーでも、どういう方向へ進んでも対応できる。

子供たち自身が、自分の道を選べるようにするために(選択肢を広くもてるように)、

今のうちに「確かな技術」、というか、最低限の一通りの技術は身につけさせてあげたいと思っています。


そして教え子たちが、何十年後かに、過去を振り返ったときに、

「小学生のときに学んだことが全てだった」みたいなことを言ってくれるくらい(言ってくれるような)

そういう指導をできればいいな、と。。目の前のことなんかよりも。。

子供たち自身は、どうしても目の前のことしか見れないでしょう(一部例外はあるでしょうが。。)

せめて我々大人が、先を見てあげないといけないかな、と思うんです。


とにかく「個」を伸ばしてやりたい。

相手がどうとか、チームメイトがどうとか、それも大事だけど、

そういうことで、その子の可能性を決め付けてしまうのは、

その子にとって、どう考えても幸せなことだとは思えません。

1人1人の「個」を見てやらないと。



●チーム作りの順番(優先順位)

僕のイメージでは、以下のような感じです。

(もちろんケースバイケースで例外もあるが、チーム作りをする上での基本軸)

1.健康な身体

2.COT  基本的・スポーツ全般共通の運動能力・運動神経・身体操作

3.個人の技術  バレーのごく基本的な個人技術。

4.チーム戦術  連携、コンビ、いわゆるチーム作り

1 がままならないのに、2へは進めない。進んでも効果はたかが知れている。

1,2 がままならないのに、3へは進めない。進んでも効果はたかが知れている。

1,2,3 がままならないのに、4へは進めない。進んでも効果はたかが知れている。

※「目的」や「年代(小・中・高・大・一般)」などによっても、焦点は変わってきます。


◆cielバレー塾
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勝利へのこだわり<1>

今回は「勝つこと」をどう捉えるか、みたいなことを書いてみたい思います。

僕自身、この「勝利へのこだわり」というものが、もしかすると「少ない」のかも知れません。

そういう意味で、他の一般的な指導者とは、ちょっと違うのかも知れません。

極端に言うと、指導者の感情などどうでもいい、というくらいに思っています。

子供たちにとって何が大事か、を重視すべきです。

「勝ちたい」「負けて悔しい」とかいう感情も、ある意味

僕は「演技」してるようなところもあります。

監督としてどういう態度をとるべきか、子供たちにどういう感情を見せるべきか、

そのときによって「演技」してるようなところがあります。


指導者としては、「勝つこと」はあくまで結果です。

(子供たち自身が「勝ちたい」という気持ちは、大いに結構!と思っています。)

そういう結果が自然と出るような「(個々の)技術」を、子供たちに身につけさせたい。

つまり、練習重視。準備重視。

誤解を恐れずに言うと、

★試合や大会は、ある意味この「確認作業」に過ぎない。「成長確認作業」です。

★別の言い方をすると「(練習の成果を見せる)発表会」と言ってもいいと思います。

練習試合はもとより、本番の試合・大会も基本的には同じと考えます。

 「どこまで技術が到達しているか」

 「練習が間違ってたり横道にそれていたり非効率になっていたりしないか」

を確認する作業に過ぎない、と捉えています。


勝利に執着しないわけではない。モチベーションを上げるために、必要なケースもあります。

ただ、目先の勝ち負けに一喜一憂したり、小手先の戦術で勝ちに行ったりするのではなく、

「ごくごく自然に勝利をもたらす」ような練習(個々の技術習得)をする、ということをより重要視する、ということです。


★練習重視・準備重視

「本番(試合)であたふたする」

「大した練習もしていないのに“勝ちたい”という」

「大した練習もしていないのに“ベンチで指導者がギャーギャー怒鳴る”」

⇒凄く凄くかっこ悪い!


小学生くらいの子は特に、「練習」「基礎基本(個人技術)」を重要視すべきです。将来につなげるために。。


「練習へ取り組む(努力する)姿勢」とか「頑張り方」とか

「本当の“頑張る”と“頑張ってるつもり”の違い」とかも含めて、学んでおくことは、

将来につながると思っています。


そもそも「小学生特別ルール」でバレーをやるのはたかだか数年。その先のバレー人生のほうが遥かに永いんです。

細かいチーム戦術なんかは、そういうところで学び、経験すればいい。

この先、どんな戦術をやるとしても、対応できるような基礎技術を、個々の高いスキルを

身につけておくことが、今は大事だと思うんです。




・PDCA(PDC)サイクルにちょっと似ていると思います。

 P:練習計画

 D:練習

 C:試合  …>これが僕の言う、いわゆる「(成長)確認作業」

 A:試合内容の検証

※「結果」は検証対象の一部に過ぎない。あくまで「内容(プロセス)」を重点的に検証する。

※言い方を変えると、「結果」とは、単なる「勝ち負け」だけではなく、「練習の成果としてのあらゆるもの」を指す。


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“格好いい”のイメージづくり

●カッコつけてやろう

自分が思う「カッコイイ」、周りから見て思う「カッコイイ」というプレーを意識しよう。

見た目「カッコイイ」プレーというのは、案外、運動生理学的に見ても、理に適っていたりする。

しなやかな動き、滑らかな動きは、素人から見ても美しいと感じられる。

あと、いわゆる「格好から入る」ことも大事。「カッコイイ」シャツを着る。「カッコイイ」シューズをはく。

そうすることで、プレーや行動が、そこに追いつこうとする。それに見合うプレーをしようとする。

一流選手は、オシャレな人が多い。自分なりの高い美的感覚を持っている。

それぞれ、自分自身が思う「カッコいい」プレー、「カッコいい」行動をとろう。



●イメージを持つ

山に登る人は、頂上を見て、「あそこにたどり着いたら、きっと気持ちいいんだろうなぁ」

というのがあるからがんばれる。

逆に、真っ暗闇で、一歩先さえも見えないような道だとしたら、進むのは怖い。

バレーも同じ。人生も同じ。

できる限り明確なイメージを持ち、それに向かって努力するからこそ、成長できる。

目指すプレーとか、目指す選手とか、とにかくそういうはっきりした目標を持つことで、

練習により力が入る。



そもそも「カッコいい」とはどういうものか、イメージが沸かないと話にならない。

だから、対戦相手とか、試合のときに一緒の会場にいるチームや選手をみて、

自分なりの「最高のイメージ」を、コツコツと作り上げていく。



そして、そのためにぜひやって欲しいのが、「本物に触れる」こと。

テレビでもいいし、全日本の試合など観に行けるなら行った方がいい。


◆ciel バレー塾
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今からちょうど一年ほど前(2010年3月)に、こんなものを作りました。

「チームづくり計画(案)」

我々「ciel」は、チームという形を取っていません。個人技術を磨くための「バレー塾」です。

ただ、そんな僕が、もし自分がチームを作るとしたら、こんなチームを作りたいな、と思った内容です。

一年前に考えた内容ですし、チーム形式でないcielでは関係ないといえばないのですが、

指導におけるこうした想いは共通する部分も多いので、忘れないように、書き留めておこうと思います。

そして、今後のcielにおける指導の際にも、こうした想いを今一度しっかり心に刻んで、

精進していきたいと思っています。



<チームづくり計画(案)>(2010年3月)

●チーム方針

 「すべては子供たちのために」「可能性は無限」

●目的

 人間力向上

●目標

 日本一フォームがきれいなチーム。ケガや故障をしにくいプレーの習得。

 中学・高校・大学で花開く、将来を見据えた指導。将来のための礎を築く場。

●保護者の皆様へ

1.すべては子供たちのために

  cielの基本的な考えです。甘やかすことではありません。子どものために真剣に褒め、真剣に叱ります。

2.自立を促す

  親御さんだからこそできることを精一杯やってあげてください。
  でも、何でもかんでもやってあげないでください。愛情を持って突き放してください。

3.お手伝い

  何か1つ、家の手伝いをやらせてください。毎日、必ずやらせてください。何でもいいです。

4.チームワーク・共育

  個人塾は「わが子のため」でいいです。しかし、チームは「全ての子のため」でお願いします。

5.役割分担

  全ての親御さんに、同じことは求めません。
  各ご家庭の都合、各親御さんの得意・不得意によって、いろいろな形の協力体制を作っていければと思います。

6.共育「みんなを育て、みんなで育つ」

  みんなで、すべての子どもたちを育てましょう! 大人も子どもも、みんなで成長していきましょう!

●子どもたちへ(約束ごと)

1.礼儀・あいさつ

  誰に対しても、きちんとあいさつをする。親しき仲にも礼儀あり。

2.思いやり・チームワーク

  仲間を大切にする。自分勝手な行動をしない。自分がされて嫌なことを人にしない。

  人の悪口を言わない。喜びも悲しみも辛さも皆で共有する。One for All, All for One.

3.チャレンジ

  失敗を恐れない。手を抜かない。雑にしない。諦めない。やり切る。できないと言わない。

4.メリハリ・けじめ

  遊ぶときは思いっきり遊ぶ。練習のときは真剣に練習する。何事も一生懸命。本気。真剣。

5.夢・目標

  なんとなくやらない。考える。夢や目標を持つ。

6.目的意識「なぜ?…を大切に!」

  「何のためにやっているのか」「誰のためにやっているのか」をつねに考える。

7.素直な心・謙虚な姿勢・感謝の気持ちを大切に!

  「我以外皆我師」「友達、お父さんお母さん、などみんなのお陰でバレーができる。ありがとう」

●チームを巣立った子供たちの将来イメージ

・バレーに限らず、リーダーシップが取れる人

・周囲の人を思いやれる、優しい心を持った人

・けじめ・メリハリのあるプレー、行動をとれる人

・自由・柔軟な発想を持てる、創造性豊かな人

・選手として、人間として、広い視野・大きな心を持った人

今回は、今至る所で話題になっているアニメ「ワンピース」から学びたいと思います。

★ワンピースあらすじ
 伝説の海賊王ゴールド・ロジャー(ゴール・D・ロジャー)が遺した富と名声と力の
 「ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)」をめぐり、幾人もの海賊が覇権を賭けて争う大海賊時代。
 そんな時代に生まれ海賊に憧れる少年モンキー・D・ルフィは、「ゴムゴムの実」と呼ばれる
 不思議な実(「悪魔の実」の一種)を食べてゴム人間となり、カナヅチ体質になりながらも、
 海賊王となる為に仲間と共に冒険する。
(ワンピース公式サイトより)


フィクションのアニメなので、厳密には作者(尾田栄一郎先生)から学ぶ、ということになるでしょうか。

噂通り、本当に大人が見ても楽しめる(子供だと逆に理解できるのかと不安になることも)内容で、

特に僕が感じたのは、作者の先生が、「組織論」「リーダーシップ論」にとてもお詳しい方なんだろうな、

ということでした。

物語を見ていて、学ぶこと、見習いたいな、と思うことを、僕なりの言葉で書き出してみました。

これらは、常日頃、子供たちに伝えていきたいと思っていることと、そのまま重なるものでもあるので、

本当に子供たちにも(或いは親子で)見て欲しいアニメだな、と心から思います。

<生き方>

・夢を持つこと、夢を信じること、夢を追うこと

・本当の正義とは何か? 肩書きや過去の慣習など、表面的なことだけで判断するのではなく、
 物事の「本質」を捉える・自分の価値観を持つことの大切さ。

・仲間を思う気持ち、仲間を守ること、自分を犠牲にしてでも守る仲間、仲間を信じること

・信念を持つこと。世間の常識が必ずしも正しいとは限らない。自分自身の価値基準を持つことの大切さ

・可能性を疑わない。勝手に狭めない。むしろ風呂敷を広げるくらいが丁度良いときもある。


<組織>

・ルフィ(主人公)および仲間たちは、みんな欠点を持っている。

 人間誰しも、完全無欠な人などいない。欠点があるからこそ親しみが持てる。他人から学ぶ意義がある。

・仲間たちは、各々の得意分野を持ち寄って、欠点を補い合って、最強の「チーム」を作り上げている。

 欠点は個性。卑下することはない。オールラウンドに、必ずしもなる必要はない。

 誰しも必ず1つくらい秀でているものがある。それを伸ばす。それを最大限活かす。


<リーダーシップ論>

・組織においてのトップも、例外ではない。決して「全能」である必要はない。まったくない。

 ルフィもどこか抜けていて、決して全能とはいえない。

 むしろ必要なのは、

「何かよく分からないけど、この人についていきたい。いつのまにかこの人のペースに巻き込まれている」

 という、人をひきつける魅力。

 ルフィで言うと、

 ・明確な夢(野望、意志)

 ・仲間を思う気持ち

 を持っていること。そしてそれ以上にすごく大事なのが、

 これらの想いがとても熱く、そして固い。ブレない。どんなことがあってもブレない。

 そこに信用・信頼が生まれる。

・「おれはルフィ。海賊王になる男だ」

 普通なら「○○になりたい」とか言ってしまうところ。

 「なりたい」ではなく、「なる」と言い切っているところが大事なポイント。

 自分自身に言い聞かせる。セルフトーク

 周囲に対して、退路(逃げ道)を断つ。それにより周りも、「ホントかなぁ」から

 「もしかして」「きっと」へと変わる。


個々の登場人物も個性的で、それぞれから学ぶことが多い。

また機会があったら書いてみたいと思う。

組織の中には、いろんな考え方の人間がいて、いろんな価値観・いろんな物差し、いろんなレベル(段階)にいる人がいる。

その人たちが、それぞれの考えを押し付けるのではなく、互いに尊重し合い、敬い、互いに高め合う形ができていれば理想的。

しかし、逆に、「自分の主張を押し付ける」「自分の物差しに他人を合わせるよう強要する」となったら良くない。

それが結果として相手を高めるのであれば、良い場合もある。

しかし、大抵はうまくいかない。


「人にはそれぞれ感情がある。こちらがどれだけ正論を主張しても、人はほぼ動かない。

 人は、理屈よりも、熱意とか信頼とかで動いてくれることのほうが圧倒的に多い。」

ということを、今更ながら、僕は最近改めていろいろな場面で痛感している。。


あと、いわゆる「足の引っ張り合い」というのも、うまくいかない典型的な例の1つ。

自分を高める努力を怠り、でも相手に抜かれたくはない。だから相手が成長するのを邪魔する。

落ちていくなら、自分だけにしてくれ、…と言いたくなるのは僕だけじゃないだろう。


さらに、前々回の<1>で書いた「野党の批判」も同じである。

傍から聞いていても、「前向きな討議」はとても気持ちが良い。

同じ「前向きな意見」であっても、立場・見方によって、主張する「正論」は変わる。

どちらも言っていることは正しい。

しかし人(国民)にはそれぞれいろんな立場があるから、「唯一これがゼッタイ」というものが存在しにくい。

だから議論が必要になる。偏った視点で物事を決めてしまうことのないように。

…こういう議論は聞いていても前向きな気持ちになれる。


しかし、「単なる批判」は、聞いていて嫌な気持ちになる。

「批判」自体が「目的化」しているような議論。

聞いていてうんざりする。


もちろん野党の場合は、政権をとる(⇒自分たちが信じる最善の政治をする)という目的に向かって

批判をするという側面もあるのだろうが…。

しかし、たとえ時間がかかっても、「他社批判」で自己評価を上げるのではなく、

自己の実績を積み上げていくことで信頼・評価を勝ち得ていく、というのが本来あるべき姿であろう(理想論?)。


組織の中でも同じ。

「前向きな議論」こそ、組織を発展させる。

「単なる批判」は、良いものは何も生まない。むしろ不快感を生むだけ。

信頼を失い、モチベーションを下げ、組織を疲弊させる。

そして、何も動かない人に限って「批判好き」が多い。

以前どこかで「日本人1億3千万人、総 評論家」みたいなことを言う人がいた。

それだけ日本人は「評論家」が多い人種なのかも知れない。

…ちょっと話が脱線したが。。僕自身も、「前向きな議論+行動・実践・現場」を心掛けていきたい。


★「人はなぜ足を引っ張り合うのか―自分の幸福しか考えない人間がいる」斎藤 勇 (著)
 http://www.amazon.co.jp/%E4%BA%BA%E3%81%AF%E3%81%AA%E3%81%9C%E8%B6%B3%E3%82%92%E5%BC%95%E3%81%A3%E5%BC%B5%E3%82%8A%E5%90%88%E3%81%86%E3%81%AE%E3%81%8B%E2%80%95%E8%87%AA%E5%88%86%E3%81%AE%E5%B9%B8%E7%A6%8F%E3%81%97%E3%81%8B%E8%80%83%E3%81%88%E3%81%AA%E3%81%84%E4%BA%BA%E9%96%93%E3%81%8C%E3%81%84%E3%82%8B-%E6%96%8E%E8%97%A4-%E5%8B%87/dp/483349034X

 ⇒内容(「MARC」データベースより)
 人間は会社のため、組織のためというような大義名分を主張しつつ、実は人の足を引っ張りあう。この裏の心を実証的に研究し、特にビジネスの場で円滑な人間関係を保つ知恵を説く。

★新潮選書「強い者は生き残れない 環境から考える新しい進化論」 吉村 仁 (著)
 http://www.amazon.co.jp/%E6%96%B0%E6%BD%AE%E9%81%B8%E6%9B%B8%E5%BC%B7%E3%81%84%E8%80%85%E3%81%AF%E7%94%9F%E3%81%8D%E6%AE%8B%E3%82%8C%E3%81%AA%E3%81%84%E7%92%B0%E5%A2%83%E3%81%8B%E3%82%89%E8%80%83%E3%81%88%E3%82%8B%E6%96%B0%E3%81%97%E3%81%84%E9%80%B2%E5%8C%96%E8%AB%96-%E5%90%89%E6%9D%91-%E4%BB%81/dp/4106036525/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1286266252&sr=1-1

 ⇒内容(「BOOK」データベースより)
 約40億年という生物史を振り返ると、生き残っているのは「強い者」ではなかった。ダーウィンの進化論にはなかった、「環境は変動し続けるもの」という斬新な切り口から、「協力行動」という生命の生き残り戦略に注目する。終章では自由市場主義の瑕疵まで論及。ダーウィン進化論にはじまり、総合学説に発展した現代進化論に、いま「環境変動説」が加わる。

「強い者が生き残るのではなく、環境変化に対応できたものだけが生き残る。その最も有効な方法の一つが他者と共存することである。 」

現代の進化論=総合学説の「適応度の高い者、すなわち強い者が生き残る」に対して、

さまざまな生物の長い歴史から、現在生きている生物は決して「強い者」ではないこと、

環境変化に適応して「他者と共生・共存する」者が生き残ったと述べている。


前回、『組織には、「変えてはいけないもの」と「変えていくべきもの」がある。…』と書いた。

これも言われてみればしごく当然のことかも知れない。

しかし私たちは、えてして、

「変えてはいけないもの」を忘れてしまったり、

「変えていくべきもの」なのに、なかなか変えれず、固執してしまったり、

ということをやってしまう。


ではなぜ、「変えてはいけないもの」と「変えていくべきもの」を混同してしまうのか。


「手段」ほど、目の前で常に起こる。いつも目の当たりにしている。

だからこそ、そこにばかり目が行きがちになる。

「過去の栄光」とか「成功体験」などがありでもしたら、尚更その方法に頼ってしまう。

外部環境が変わろうとお構いなく、それに縛られてしまう。「これをやればうまくいった」「これが正しかった」

同じやり方のほうが「楽」ということもある。過去のやり方をぶち破って新しいことをするのはエネルギーがいる。

それでついつい過去のやり方に固執してしまう。「ずっとこれでやってきたんだから」と、正当化しようとする。


一方で、「目的」は、普段は目に入らない。だから忘れがちになる。

どんな世界でも、成功した人・一流の人の話を聞くと、共通しているのは

この「目的」がブレない。常に意識に置いて行動している。

よく「目的を紙に書いて、見えるところに貼る」ということをしている人も多い。

これは、「つい忘れてしまう」という弱さをちゃんと自覚し、それを防ぐためである。


「手段・方法」に関して、何を「変えるべきなのか」、何を「変えざるべきなのか」。

これは目的・信念・理念に照らせば、自然と答えは見えてくる。

しかし目の前のことしか見えていないと、判断を誤る。ブレてしまう。

車の運転と同じ。近くばかりを見ていたら、フラフラしてしまう。


迷ったら、困ったら、とにかく立ち返る。「なぜ、何のために、どんな想いで」これをやっているのか。

僕自身“弱い”ので、特に意識して心掛けている。。



◆湘南ciel(小・中学生のバレーボール塾)
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